[ 昇給させるお金がなかったら ]

 昨今(2004年3月)、日銀短観では景気指標が上向きで、新聞などの世論調査でも「景気拡大期待高まる」などの報道が続いています。その現状については、さまざまな受けとめ方があると思います。
 今春闘で、2年連続で1兆円を超す連結経常利益を計上する見通しのトヨタの労働組合がベースアップ要求を見送ったことは、世にトヨタショックと言われています。歴史に残ることでしょう。非難する声も、「さすがに世界(特にアメリカと中国)を視野に入れている超一流企業の労使」と賞賛する声もあります。
「利益とは、未来の費用である。」というドラッカーの言葉を思い出します。賃金もまた、そのような費用であるとは思いますが。
 さて、そのようなお金がない企業はどうしたら良いのでしょう。

 数年前、中小企業はもとより、大企業でも定期昇給(以下、定昇)をストップするところが出始めた頃、「定昇制度を考える」集会で、私は集会を主宰する賃金の大先生に小さな声で「先生的な理論から考えると・・・○○して○○・・・」と話しました。すると先生は
「阿世賀さん・・・それを今、論議してはいけません・・・。社会・経済に対する影響が大きすぎます!」と諫められました。その時の結論は「社宅を売っぱらって、定昇を実行すべし」でした。
 今、あえて本当のことを口にします。
「お金がなかったら、定昇してベースダウン」と

 経営者団体等の論調は「@ベースアップ論外(組合からは「交渉する前から論外はないでしょう」)A定昇の廃止(組合からは賃金カーブの維持)Bベースダウンも視野に入れ(組合からはトンデモナイ!)」の順番ですが、定昇とベースアップは全く別の問題です。
 定昇は、企業それぞれの根本戦略による賃金制度を機能させて、労働者の生活や企業秩序を含む組織を維持し、成果に向けて稼働させるために行うものです。 
(何もしないでも、毎年必ずビンビン上げろというものでは決してありません。そのような実態になっているとしたら、その多くは賃金・人事制度のせいではなく、「人事」をしていないだけのことです。)
 ベースアップは社会的な経済成長やインフレ、企業業績の向上などによって起こります。
逆ならダウンは理の当然です。
 と言っても「ならば全員、賃金3割カット!」というようなことが簡単に許されるものではありません。
労働基準法には賃金規程を含む就業規則や労働契約に定められた「賃金の全額払い」の原則があります。
 判例法によると、労働者の同意を得ることのない一方的な不利益変更はできません。就業規則の改訂によったとしても高度の必要性に基づいた合理性がなければなりません。電車のなかで雑誌の釣り広告に過激な見出しが載ることがありますが、その多くは大企業であって、労働組合があって、充分な話し合いのプロセスを経て、就業規則よりも強い労働協約によって、かつ本当のところは見出しとはだいぶ違う実態です。労働組合がなければ、個々人の同意が必要です。

 「定昇してベースダウン」の主旨は、そのような不利益変更のことではなく、定昇と微細なベースダウンを相殺して(調整給も必要になるでしょう)平均賃金カーブ(実在の労働者の年令別賃金額の平均水準を結んだ昇給カーブ)をこれからの低(あるいは0〜マイナス)成長時代にも企業秩序を維持できるように徐々に、地道に、修正していくことです。
賃金カーブの修正は希望の道です。

 微細にやっている状況ではない企業も、多くあると思いますが、「賃金(費用)制度」で「人件費(経費)」を下げようとすることは、本来的に逆さまなことです。わざわざ「希望の道」を「不信の澱み」に変えるようなものです。書店で、経営者への甘言に満ちた帯がかかっている本を買って、得した経験がおありでしょうか。
 失われた10年+もう6年が過ぎて・・・、成果主義という名の結果主義で「業績はVターン!人件費は大幅削減!」とはなりません。それは絵に描いた虎です。
 少なくとも「人事」については、地道に、着実に、マジメに、頭を悩まして・・・・それで 思いもかけないほど、上手くいくのです。