[ マインドの変革 ]

1.言葉とシチュエーション

 先月、テレビを見ていると、(大手自動車会社のどこまで続くかわからないような一連のリコール隠しなどが発覚した最初のころです。)同社の最高責任者が次のように釈明し、謝罪していました。(平成16年5月)
「社員のマインドの変革が進んでいなかった・・・」
 ため息がでるような言葉です。
「君!私は寝ていないんだよ!」と言った、大手食品会社の社長以来の大迷言と思いました。
 その後「検査が入ったら書類は私物ロッカーに隠す」という高度な大企業ノウハウなど、次々と、あまりにも多く出てくる問題に埋もれて、さほど話題にはならなかったのですが・・・
 言葉というものは、その表面的な意味だけではなくそれを発する人のシチュエーション(立場、状況)や考え方まで、表現してしまうものです。
 涙とともに「社員は悪くありませんから」と言った山一証券の最後の社長と雲泥の差と思われた方は多いと思います。

2.社員の意識の問題・・・?

 ところで、私が「こりゃダメだ」と思ったのは、「社員の」とか、人ごとのような外在的な言葉のスタイルではなく、「マインド」という言葉です。
 「マインドの問題か?」という疑問の一方・・・、昔・・・私がある団体で仕事をしてい頃、「これから、われわれはどうしたら良いか」と徹夜の会議をさせられて、「魚の骨」(問題分析)を何度も書いて、結局、責任者が「社員の意識の問題だ!」と発言して、「そうだ、そうだ。意識の問題なんだよ。」で、永い永い会議が終了したことを思い出しました。
 確かに、「意識」は大事です。
 良くお話ししますコンピテンシー(定義は「高業績者が持続的に高い業績をあげる能力を行動特性で表現したもの」等)についても、氷山のモデルなどが描かれて、水面下の意識がとても大切と説かれます。
 ただ、「意識の問題」という言葉には、人間の心は測り難いから、「しょうがないよ」という、問題を放り出している立場が透けて見えます。意識は、釈明や考えた結果「しょうがない」ではすまされない、それを出発点として取り組むべき組織課題です。経営課題です。   
  それは経営者である以上、指導者である以上、マネジメントである以上、逃れられないことです。

3.マネジメントはどこにあるか
 
何も、心理学的に社員の心の底に隠れているトラウマを暴いてどうの、というような大げさなものではありません。
 ガンジーも心の糧とした「義務に基づく戦いに優るものは他にない〜それ故、アルジュナよ、立ち上がれ。(バガヴァッド・ギーター)」、ご存じ「人はパンのみにて生きるにあらず」、テイラーのX理論(人間は生来、怠けもの)に対する科学的管理法、マグレガーのY理論(人間は生来、働くことが好き)、荀子の「性悪説」、孟子の「性善説」、ハーズバーグの「動機付け・衛生要因」、韓非子の「利益」、マズローの自己実現、「われわれの使命は何か!」から始まる真っ向!脳天唐竹割のドラッカー・・・
 「人に、やる気をもって働いていただく」というテーマは、人間が、国や、遙かな時を超えて取り組んできた課題です。
 現実にそれは、決して高尚な理論や映画・時代小説に見られる英雄・偉人の言動にのみあるものではなく、目の前にいるウチの社員との会話のなかにも、そのヒントは隠れているものです。
 信賞必罰の「賞」については、表層的な「結果」とそれに対する賞与等「金」の問題のみならず、「賞める」ということが重要です。「賞め」て「叱る」ことを通して相手の存在を認めてやることです。御社は社員に、賞めて賞与を渡しているでしょうか?ただ「月例の○カ月分」で渡しているなら、タダでくれてやっているようなものです。苦労して調達した原資であっても、貰って当然の権利、ありがたくもなんともない。社員のためにもなりません。
 人の「心」は、周りの人の、そして自分自身の「言葉」と「行動」で変わるものです。