[ 成果主義の神髄 ]

 先日(平成16年6月29日)、テレビを見ていると、わかりにくい外来語を国立国語研究所が日本語に言いかえる提案をしたと報じていました。あらためて新聞を見ると、今回は第3回目で、8月にも最終発表されるとして33語が言いかえられています。おなじみのコンプライアンスは「法令順守」。(差別問題などで使われてきたステレオタイプが「紋切り型」というのは、少しお笑い・・・)
 アイウエオ順でトップは「アカウンタビリティー」、「説明責任」ということです。以前から国会質問で「○○さんは説明責任−アカウンタビリティーを果たしていない」などと使われていましたから、これもある程度おなじみというところです。

1.成果責任−成果主義の主柱

 もともと、私がこの言葉−アカンタビリティーを知ったのは賃金・人事用語としてで、「成果責任」と訳されていました。失われた10年で(今も)右往左往している結果主義ではなく、ほんとうのアメリカ的成果主義では、コンピテンシー・・・「行動能力」と並んでの2本の主柱です。
 英語の辞書をひくと意味はレスポンシビリティー(responsibility)と同じ「責任」ですが、レスポンが入口的に「責任感」的な意味合いが強いのに対して、アカンタは出口的に、ものごとの実施・達成についての「逃れようのない責任」そのもの、と説明されていました。
 その時、私は古代から「契約」という厳しい概念に慣れている、実に西欧的な言葉と感心しました。
 「良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ〜良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる(マタイ傳第7章)」。 天国か地獄か。
 日本にも地獄はありますが、ときおり蜘蛛の糸が降りてきます。地獄に仏。
 アカンタビリティーが、一般的な外来語として、かつ「説明責任」という意味で使われてはじめたとき、私は
「成果責任」という日本語をそれと並べてみて、実務の経験から「なるほど・・・」と、とても納得しました。
 両者を総合統一すると、次のようなことになります。
「イイワケしちゃ・・・アカン!タビリティー・・・」(真面目な話しなのですが・・・)

2.腐れ言葉

 成果責任とは、良い結果でも悪い結果でも、後で(中間でも、常にでも)、言い訳でなく、過去の事実を未来に向かって、説明できるものでなくてはなりません。

説明を逃れようとするところに成果はない  あなたの会社や組織の営業計画、事業計画、あるいは個々の「MBO&セルフコントロール」の文章の末尾ごとに、次のような言葉はありませんか?
 「〜を図る」「〜努める」「〜努力する」「〜強化する」「〜を確立する」「〜を推進する」「〜向上させる」「〜見直しする」「〜徹底する」「〜充実させる」「〜対応する」「〜を積極的に〜」「〜適正に〜」
 このような言葉は、何ものをも指し示していません。ただ、それを発する者の、行動する以前から言い訳を準備する心象を表現しているだけの・・・仕事を、組織を、本人達の人間の可能性をも覆う、腐れ言葉です。

3.MBO物語

『(目標の)1億円に向けて、販売体制を強化し、積極  的 に売上の向上に努め、その推進を図る。』
上司「〜という君の期初計画の結果についてだが・・・」
部下「いや、努力はしたんですけどね」
上司「しかし、残念だが1億円はいかなかった・・・」
部下「向けて、向上はしたでしょ。少しは・・・」
上司「『図る』って、何したのかね」
部下「文字通り『いろいろ』やってみましたよ」
上司「体制を強化するって・・・」
部下「頑張ったでしょ。休日出勤もしたし・・・」
上司「君、もう少し建設的な話をしようじゃないか。事実、予算いかなかったから、赤字なのだよ」 
部下「こんな不況のなかで、もともと『1億円売ります』なんて、約束してませんよ!」

4.どうすべきであったか
          
「販売目標 1億円」
 業績目標の言葉については、それだけで充分です。
 ただし、その目標を設定するに至る根拠と達成するための計画は、社員と上司が、そして経営が納得して信頼できる、すなわち、説明に耐えうるものでなくてはなりません。
「目標管理シートに○○字以内で記入せよ」
試験じやあるまいし‥・、それで良くなるのは人事部や総務部のファイリングだけです。
 上からの目標、予算、ノルマを示すのであれば、「真蟄に」行動すれば達成できる数字や程度です。評価の評語が一般的なSABCDであれば、それがB評価基準です。本人がそれを超えてAやSにチャレンジして達成できたら、「堂々と誇りをもって説明しなさい」と
言いましょう。そして淡々と評価するのです。未達成でも同じことです。憾み憾まれることなく淡々と。
 走り高跳びのバー一を前にして、本人にとって初めからバーが高すぎると、人間、足が動かなくなるものです。仕事の場合は、言い訳の余地を考えます。終わった後も言い訳の大合唱。
 もちろん、ゆるくして、上(管理職)から下までバーを「みんなで下げれば恐くない。」は恐ろしいことです。それで社内円満には決してなりません。なぜなら、どのような事業体でも「相手」がいて、そして「顧客」がいるからです。

 また計画からは、「腐れ言葉」は先ず、管理職から断固としてやめさせましょう。
 例えば「図る」とは「いろいろやってみる」という意味ですが、トップが「〜に向けていろいろやってみろ!」と姿勢や方向性を示すものであるならまだしも具体的な計画を示して指導する役割である実務責任者が多用していたとしたら、それは給料ドロボーです。

5.結果だけを問うと言い訳になる。プロセスを問うと対策になる。

 言い訳して、結果が変わるものではありません。成長するものでもありません。捕って喰うわけでもなし、教育的農場送りにされるものでもないでしょう。
 会社にとって人事とは、社員をCやDに貶めて、人件費を軽減することが目的でしょうか。経費コントロールは大切なことです。しかし人材や賃金とは「経費」ではなく、明日を勝ち抜くための「費用」です。
 勝てなかったら「では明日はどうしたら勝てるか」を考えて答えをだす場です。
 そして、勝てたときこそ「どうして勝てたのか。そこに明日もまた勝つためのノウハウという宝の山は秘められていないか」と、より厳しく問われるべきです。

部下「不況ですから…」
上司「不況という環境は私にも会社にもいかんともし難いが、しかし私にできることがあったら言ってくれ」
部下「努力はしました・・・」
上司「それはどんな努力だった?私にも上に対して説明責任がある。私は君の努力を証明する責任がある。(Cにはするけどね‥・)そして、そこから一緒に対策を立てようじやないか。」
部下「いろいろです。」
(…人生いろいろ仕事もいろいろ‥・それを言っちゃあ アカン!ちゅうに。)
 そのような時は、こう問います。
上司「では例えば、何があった?今期最も『やった!』というクリーンヒットとそのプロセスを話してくれないか。今期最も印象に残る痛恨のアウトとその原因を一緒に考えようじやないか」
部下「ある取引先が・・・」
上司「社内で『ある〜』はないだろう。それは何時どこで、そこにどれだけのものを見込んでいた?そして、君は…『その時、何をなした?』」

 そのように「例えば」から、曖昧語を排除しながら、具体的に、据り下げていけば、その期間と未来が見えてきます。それが「説明責任→成果責任」。単なるノルマや結果主義ではなく、再現性のある、会社に貢献する、ほんとうの成果主義の神髄です。