1.労働から時間概念は外せるか?

 以前、企業に勤務している人事担当者の勉強発表会を見に行きました。そこで「賃金から時間概念をなくそう!」というテーマで発表されている方がおりました。
 それを聞いていたのは概ね経営者サイドの方々のようでしたから、発表者の顔色から聞いていた方々の顔色を読むと、それは・・・耳あたりの良い言葉であったようです。確かに、てきぱき働いている者よりも、とろとろ働いている者が時間外手当で(本人個人としては)稼いでいるような状態は、会社としては矛盾です。
 ちなみに、労使トラブルで多いのは、昔も今も変わらず労働時間問題でしょう。「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づく個別労働紛争解決制度の相談内容の内訳は、「解雇」「労働条件の引き下げ」「退職勧奨」「雇い止め」「セクシャルハラスメント」「いじめ・嫌がらせ」と並んでいますが、これは「労働関係法上の違反を伴わない民事上の個別労働紛争に関する相談」です。「時間外未払い」なら法律違反である場合が多いからでしょう。労働局がすなる解決制度らしいところです。

 私は社会保険労務士ですから、経営の方にアドバイスするときは、頭のどこかに法令(または行政がどう捉えるか)と労働者(がどう感じるか)があります。労働者の方と話すときも同じです。目の前の、話す相手のためには、残りの二つのことを考えなければなりません。
 現在論議されている「労働契約法制」や「労働時間法制」のことは置いておきます。こ
こでは「どうあるべき」よりも「どうすべき」かです。

 さてそこで、賃金から時間概念はなくせるでしょうか。賃金とは「労働の対価」です。それは労働から時間概念はなくせるか?なくすべきか?との問いでもあります。

2.労働と請負 
 
 「労働基準法は古い!既成概念を変えろ!」そう言ってみんなでうなずくのは自由ですが、「民法第623条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。」の根本概念を変えることはできるでしょうか?これをベースとし、一般法に優先する特別法としての労働基準法では、第9条で「労働者とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と定義されます。
 「労働に従事する」そこから、誠実勤務義務、企業秩序保持義務、業務命令に服する義務など、社員の会社に対する様々な義務が生じてきます。そこから組織が成り立っています。

 「雇用−労働」とは別概念に「請負」があります。(「民法第632条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」
 「頼んだ仕事を完成してもらって報酬を払うなら、それに越したことはない。」と考えられるなら、社員なんか「雇わない」で、外注にすれば良いと言うことになります。但し、使用することも、指揮命令下におくこともできません。(この指揮命令「下」というところで、外営業とか管理職とか、時間についての一部例外が生じます。)
 さらに、タコに対してイカであると契約したとしても、タコはタコです。イカ型タコと名付けてもタコであればやはりタコです。(私たち社会保険労務士は「労災」を扱っていますので、そのあたりのことを曖昧にはできません。)
 それを踏まえたうえで、外注化すべきか、内製化すべきかの経営判断は、昔から利益を生み出す要です。
 そして、大切なことは成果の再現性です。

3.成果の再現性

 かつて日経連が雇用のポートフォリオを言った時の「長期蓄積能力活用型社員」には時間概念があります。そこには個人の能力だけではなく、企業のノウハウの蓄積が含まれます。
 労働から時間を差し引くと結果が残りますが、そこからはプロセスが抜け落ちます。「仕事のやり方に手違いはなかった」とか「頑張ったのですが・・・」とか「推進はしましたが、達成するとは言っていません」いうような、言い訳のプロセスではありません。
 成果を生みだしたノウハウとしてのプロセスは、企業にとってかけがえのないものです。
  
4.生産性の向上

 社員は、時間(勤続年数)を過ごすだけの「人在(会社にいるだけの人)」である「人罪」であって良いわけはありません。しかし経験上、それで時間概念をなくしても、ろくな事はないものです。よけいノーマネジメントになって、残業代は減っても成果は上がらず、昼はプラプラ、何故かみんなで残業している。あたかもそれで自分の保身が担保されるかのように。
 いつもは恐い顔をした上司がパソコンの前で穏やかな表情。「あの部長、パソコン使えるようになったのか!」と思ったら・・・・・・・ゲームをしている。
 誰が見たのか有料Hサイトの請求書が会社に届く。
 人間、そんなに長時間、集中した仕事ができるわけがありません。そのうち労働基準監督署の臨検、その他がやって来て、痛い目に遭う。(運送のように、本当に厳しい業種はあります・・・。)
 本質的に労働から時間はなくせません。また経営的にもなくすべきものでないならば、時間は分母に入れるのです。
 そのほうが、はるかに過激なことです。それは
 付加価値/労働時間=生産性という公式です。
 
 生産性。かつて日本を栄光に彩った美しい言葉です。そして管理職(マネジャー)の仕事は、なによりもマネジメントすることです。
 
 先日、外資系の銀行に勤務された経験のあるコンサルタントの先生のお話を聞きました。4時くらいになると社員が目の色を変えて、社内を走り回るのだそうです。残業になろうものなら、
「Youはアンフェアである。他の者が仕事を終え定時に帰宅するのに比較し、Youは多くの時間を費やし、さらにYouは・・・大切であるべきの家族を顧みない・・・」
 不正で無能。さらに人間のクズの烙印まで、押されちゃかなわない。
 その上司も、
「Youの仕事の割振りをはじめとしたマネジメントは、明らかにおかしい。説明してもらおう・・・」
 テレブルテレブル。
 でも、その会社の生産性については、とても高いことでしょう。少なくとも労働時間問題については、就業規則や賃金がどのように定められていても、労基署は怖くない。時間外労働がほとんどないのだから。

5.労働時間と営業時間
 就業規則を作成・改訂する際には誰とするでしょうか。営業本部長兼任の社長である場合はまた格別ですが、少なくとも管理部長や総務部長「丸投げ」はいけません。労務についての責任者であるからそうなることは自然なことですが、就業規則の「時間」の部分は労働基準法をクリアしていれば良いというものではありません。
 私が就業規則を依頼されたときは、丁寧に作るなら「営業部長を作成チームに入れてください」と提案します。
どのような事業体にも顧客があります。営業時間は顧客のために会社がサービスを提供する時間です。しかし、労働時間はそれとイコールのものではありません。
 
 8時間の労働時間のうち、顧客にサービスを提供しなければならない時間が営業時間です。しかしその時間は労働時間に合致しているでしょうか?9時〜6時から外れていることはないでしょうか?ならば労働時間は9時〜6時でなくてもよい。
 さらにその営業時間は本当に顧客のために必要な時間でしょうか?
 例えば、コンビニならば(待ちの営業ですが)、営業時間は24時間。労働時間は1時間区切りならばAからXまで24のシフトが考えられます。30分区切りならば48です。  
 それは労使協定をして、労働基準監督署長に届出のいる変形労働時間制でも、裁量労働でもありません。コンビニに限らず、これは普通のことです。
 全体の営業時間と個々の労働時間とを分離する。そして個々の労働時間に顧客のための個々の営業時間を集中させる。
 顧客のための時間、それを具体的に知っているのは営業部長です。また、そうでなくてはなりません。

 時間を分母に、それは生産性(分子は付加価値・成果)向上のための王道です。

阿世賀 陽一