[2006年問題U−ゆとり教育]

1.もうひとつの2006年問題

4月に2006年の問題、定年延長等のことを書きました。(本格的に団塊の世代が60歳を越えていくのは2007年と言われています。)雇用延長の義務化、しかしそれで若年者雇用を抑えれば、企業や組織はトンデモナイことになっていくと書いた後、企業内人口構造の問題でもある「JR西日本事故」が起きました。
今回は、いわゆる「ゆとり教育」を受けた青少年が高校を卒業する(=学生になるか、社会人になるか、ニートになるか)という、もう一つの2006年問題です。

「ゆとり教育」については「勉強のしすぎがキレる子供をつくる」「詰め込みではない心の教育」「自ら学び、自ら考え、主体的に判断し」となかなか専門的な問題です。反対意見も「亡国論」から「社会の一層の階層化」論まで幅広くあります。専門外の私が言及できるような問題ではないかもしれませんが、しかし、「保身」の匂いのするものと、現実と向き合わない観念が頭の中でグルグルしたものはダメです。

2.若者の暇は大人の都合

以前、養老孟志さんの本(「養老孟志の<逆さメガネ>」PHP新書)の中の「若者に城を明け渡さない大人」「大衆化した大学の機能は、産業予備軍として、若者を大学に一時保留しておくこと(略)若い人が就職しちゃうと仕事に困る。(略)それで若者は大学で遊んでいることになった。それが大学紛争の原因(略)若者が暇になったのは、有史以来はじめて(略)」というのを読んで感銘をうけました。私が学生の頃は大学紛争も下火で、大学のレジャー・ランド化と言われていました。(その例に漏れず、勉強サボって有史以来の機会を逃した私は生涯の悔やみを持っています。学費を捻出してくれた今は亡き父や叔父に申し訳が立ちません。社会保険労務士国家試験の準備のため、会場になる大学に下見に行く機会がありますが、テキストやノートを持ってキャンパスにたむろしている学生を見るたびに「テーマは何でも良いから、もっと勉強しておくべきだった。」と思います。)それでも、その頃はさほどに広き門でもなかったのですが、今は少子化が進んで(学費があれば)全入化の時代が来ると言われています。プラスゆとり教育です。「大学は高校の補修過程。かつて大学で教えていたことは大学院でどうぞ。」と、養老孟志さんが喝破された事態よりも、さらに一歩前進です。(何処に向けての前進?)

大手企業の人事部では「そのような学力(能力?)不足の若年労働者が会社に入ってきたらどうしょうか」と恐々としているという話を聞きました。それはまた・・・・・随分とぬるい悩みです。学力不足の若者が企業の意に添わなければ、学力(能力)の高い人を、見極めて雇えばよろしい。採用の際に、試用期間に、きちんと会社のミッションや戦略に沿って「評価」をしているでしょうか?一企業としては、ほぼそれだけの事です。もともと日本で、若者を社会人として育成してきたのは、学校ではなく企業ではなかったですか。

3.「3.14」と「3」の違い

円周率は「3.14・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」であるか、おおむね「3」で「さしつかえない」か。
確かに、その知識で営業成績が左右されるものではないでしょう。(私が小学生の頃の印象では「世の中には割り切れないものがあるんだ」という感想を持ちました。それだけでも3.14は良かったと思います。)
問題を概念的に掌握し判断を要するときに、味方は敵の「10倍(油断なく包囲する)」か「3倍(果断に攻める)」か「半分(逃げる!)」かは大きな判断ポイントです。「あいやー!将軍!わが手の者が詳細かつ慎重に調べたところ・・・敵は・・・『3.14・・・倍』にござる。」なんて口出しすれば間違いなく叱られます。「この痴者(しれもの)が!」とお手討ちになるかもしれません。

さて、3÷3.14は95.54%です。全社の業績が目標数値にそれだけ未達なら「さしつかえない」でしょうか?4.46%未達の原因を分析して対策を立てなければならないと思います。「いいじゃん。それぐらい。『おおむね達成した」と見てくれたって・・・」と思う者がいるかもしれません。では、それが3期連続ならどうでしょうか?傾きますよね。  
試しに、学校の先生方の賞与をそれだけ「カットとする。」と言ったらどうでしょうか?旗が立つかもしれません。「教育の荒廃/につながる/一時金カット/反対!」とか言ってね・・・。

「みんなで考えよう」という総合学習の時間では、分析思考と概念化思考の違いを説明し、学童に「良ーく考えて」もらって、そのうえで「円周率は・・・3である!」と、覚悟を決めて、教えてもらいたいものです。
ところで「ゆとり教育」では「アリさんとキリギリス」の話しは教えないのでしょうか。そういうのは反動と言われるのでしょうか。故郷の小学校の、暗幕のカーテンがある視聴覚教室で、その人形劇の映画(もちろんアニメでもビデオでもなかった)を見て、アリさんが働いているときにゆとりで遊んでいたキリギリスの運命に、考えさせられたものです。「夏は秋になり、やがて備えが必要な冬が来る」と・・・・。
世界という亀は時間という潮流に流されながら泳いでいます。

4.消しゴム付きの鉛筆2本セット

若年者の問題は教育問題にばかり収斂すべきものではありません。とは言っても「団塊の世代」や「新人類」などと言う言葉があるように、時代状況は「世代」というものを造るでしょう。これからどんな子供が大人になってくるか。社員になってくるか。それは確かに、優れて人事の課題です。

では、どうしましょうか?

徒競走をさせましょう。
皮肉で、かつ冗談のような話しですが、けっこう真面目です。頭の中だけで「考え」させたってろくなことはありません。評価には関係なく、しかし、1等賞の賞品は「消しゴム付きの鉛筆2本セット」。
そのうえで経営者は、こう宣言します。
「若者よ。我が社の未来よ。運動能力だけではなく、君たちのあらゆる能力を、全力で試すことができる、可能性の場がここにある。」

2005年7月 阿世賀 陽一