[信長のホトトギス −活殺自在U]

前編「活殺自在」の要約。
@「夢」に日付が入れば「目標」になる。
A企業の目的は、顧客を創造することである!
 顧客とは満足させるべき相手のことをさしている!(P・F・ドラッカー)
Bそのために、誰が(私が)何をするのか。
しかし、人間は弱いもので、「腐れ言葉」を使用し、自分の仕事も自分自身をも見えなくさせがちである。
Cされど、人はどうにもならない人ばかりではない。

 それを何とかするのが、マネジメントというものでしょう。
臨機応変。君子豹変。活殺自在。随處作主。

1.鳴かぬなら・・・

活かすか、殺すか?
さあ、どうしょうか?
と自問すれば、次の3つの句が思い浮かびます。
「鳴かぬなら 殺してしまえホトトギス」織田信長
「鳴かぬなら 鳴かしてみしょうホトトギス」豊臣秀吉
「鳴かぬなら 鳴くまで待とうホトトギス」徳川家康

「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり」
 革新的な根本戦略を打ち出し、その目的と目標のために、一揆は皆殺し、比叡山は焼き討ち、将軍は追放、永年勤続の重臣を解雇。最後には抜擢した重臣に殺された信長。

「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも夢のまた夢」
 低い身分から「上げ潮じゃぁー!」と昇進・昇格を重ね、人間の願望や欲望を明るく肯定的に捉えて、人心を掌握し、天下一統を成し遂げた秀吉。
実現された夢=黄金の日々は、その死によって・・・また夢のように消えました。

「人の一生は 重き荷を負うて 遠き道を行くが如し」
 苦労人ゆえの驚異的な忍耐力で、幾度となく危機を回避し、基盤を作りあげながら、チャンスを待って、チャンスを逃さずに掴んだ家康。
 その名のごとく、家のために、健康が趣味のような人でしたが、達成の栄光の日々を楽しむまもなく、テンプラを食べて亡くなりました。しかし天下はもう動くことはありませんでした。

 日本の戦国末期から近世にかけての3人の天下人に仮託した「鳴かぬなら」の句は、それぞれの生き方や行動スタイルをうまく表現していると云われます。
「誰が最も優れたリーダーであったと思うか?」
「あなたは、経営者・上司としてどのタイプか?」
そのような話題のネタとして、昔から良く使われます。

2.ホトトギスとは何か?

 ところで「ホトトギス」とは何でしょうか?
「織田がつき 羽柴がこねし天下餅 座りしままに食うは家康」
 「ホトトギス」を天下と捉えるなら秀吉の句と家康の句には納得性があります。しかしそう考えると「殺してしまえ」と言って「殺された」信長は皮肉なことになります。(実に、そうかもしれませんが。)
 この「時代」が生んだ3人の英雄は、その事業の連続性から、「まるで成長・変化していく一個の人格のようだ。」そのように評する人もいます。
 でも、それを言うなら、本当のところは、変化したのは3人の現実に存在した指導者ではなく「時代」です。
 さて、これら3つの句の解釈として、一羽のホトトギスへの3人の対応のことではなく、ホトトギスはそれぞれに3羽いるとしたらどうでしょうか。
 ホトトギスは、「成果をあげるべき部下」です。
 もちろん、変化していく社会全体のニーズ・思潮や組織全体の成熟過程というものもありますが、現実に部下は一人一人違っています。
 上司のタイプではなく、部下のレベルの問題です。
 もっと言えば、その部下に有効な行動スタイルの問題です。

 「部下の発達度によって変わるリーダーのスタイル」という、縦軸に援助的行動、横軸に指示的行動をとった山型のカーブがあります。
・能力は低いがやる気はある新人には、あえて誉めもせずに、援助的なことをする以前に指示・命令的に対応。(指示型)
  *能力がなく、やる気もなければ?
  「君の可能性のフィールドを(当社よりも)もっと拡げてみる気はないかね?」
  そう勧めたほうが、本人にとっても幸せです。
・能力は伸び盛りである一方、慣れてやる気が緩んできたら、叱ったり、誉めたり、引き出したり・・・あの手この手で、もっと伸ばす。(コーチ型、援助型)
・仕事とその味がわかって、自立した一人前になったら、指示・命令は少なく、援助も低く(ある程度の動機付けの維持は必要です。)、責任と共にプロジェクトを任せる。(委任型)

3.正義と真実の使徒

 家康のホトトギスに、過度に指示・強制的な対応をとれば、やる気をなくすでしょう。
 信長のホトトギスを、鳴くまで待っていたら・・・とんでもないことになります。
 秀吉型の対応が、狭い意味では「指導」というものでしょうが、信長のホトトギスと家康のホトトギスには、あの手この手の効果は、その努力ほどには期待できません。なによりもその体制に慣れてしまうと、秀吉がいなくなれば仕事をしなくなります。

 「ある時は・・・片目の運転手・・・
 (探偵ではないので、そこまで変身しなくとも良いと思います・・・)
 ある時は、空から降りたる恐怖の大魔王信長。
 ある時は『人たらし』のサルまたは禿げネズミの秀吉。
 ある時は大ダヌキの家康。
 しかしてその実体は・・・正義(企業目的)と真実(目標)の使徒、○○○○」

(阿世賀 陽一)