明日(ゴール)はどっちだ!

1. 2006ワールドカップ

一句・・・・・・。
     今だ撃て! ・・・勝つ気があるのか バックパス

 腹が立ってきたので、もう2句。
     バックパス 攻めてるつもりで攻め込まれ
     ロスタイム! 余裕かまして・・・バックパス (・・・こりゃ もうダメだ) 

 初夏の頃、毎日毎日メディアも煽り、熱狂して見ていたサッカー2006ワールドカップも遠く過ぎ去り、もう小さい秋見つけたの季節です。
 あの日本チームの惨敗については、折れない本当のサッカー・ファン以外の、その時だけファンにとっては、もう忘れてしまいたいものと思います。

2.サッカーの後はボクシング

 替わりにメディアが煽りに煽ってきたのが亀田三兄弟です。
 しかし、7月2日の亀田興毅の世界戦は、あれは・・・(句読点なし)
 強がり、自らにプレッシャーをかけることは、偉大なるモハメッド・アリもそうしていた(*別稿[やる気はどこにあるか−青い鳥編]参照)セルフコントロール手法の一つですが・・・・・・(句読点なし)
 昔、「金平マジック」という言葉がありました。あのジムは先代のそのようなノウハウをしっかり承継しているという点では大したものです。
 「疑惑の判定」というよりも「疑惑の試合」というべきものです。
 今の時代に「親父!ありがとう!」という言葉は、確かに泣けましたが・・・。しかし、その時、リングアナウンサーが「浪速の闘拳・・・」(ええ???)と告げた瞬間から、テレビは相手方を一切、撮していませんでした。それが最もアン・フェアというものです。

  「定量(評価)を求めて。しかし、定性(評価)を恐れず!」

 人事問題において、そう言ってきた私にとっては、あのような判定勝ちは困ったものです。本物になってもらいたいものです。
 そのようなことを書いているうちにフアン・ランダエタ選手との再戦の話しがでてきました。
 ホームタウン・ディシジョンの誹りを払拭し、ほんとうに本物になるなら、最も端的な論理としては、「リターンマッチはベネズエラで」やるべきです。それはジムのことよりも、もっと大きなメディアというスポンサーにとっての問題ですから、発想すらもでてはこないでしょうが。

3.バックパスとは何か?

 話しは判定勝ちのない、すなわち定量評価のみのサッカーに戻って・・・、私は、テレビでサッカーを見ながら次のように定義していました。

  バックパス:自分の仕事を後ろ向きに、他人(ひと)にふること。

 それは、マネジメントの問題です。
 武道でも、用兵でも「引き技」にはリスクがあります。チャンバラの絵にはなりますが・・・。より攻撃的な意図をもってしないと、そのままつけ込まれて相手を利するだけです。
 その攻撃的な意志が感じられないプレイでした。
 ま、「相手より弱かった」乃至「相手のほうが強かった」と言えば、・・・それだけのことですが。

4.自由と厳しさ−家康のホトトギス

 ジーコは「自由」をスローガンに、選手1人1人が考えてプレイすることを求めたと言われます。しかし、その(実は最も厳しい)要求に、日本人選手はついていけなかったとも良く言われます。
「ジーコって偉い人だけど、長嶋のような人だよね」
 超一流の選手であった監督について一言でいうとそのような街の声になります。私風に言うと誰もが家康のホトトギスではないと言うことです。

5.役割とゴール

 7月21日に「緊急生放送!久米宏が明かすジーコジャパン敗退の新事実!云々」というテレビ番組を見ました。そこで、15年間ジーコを支え続けてきた(ジーコが一言話すと二言三言に「翻訳」して話すことで有名な)通訳、鈴木国広氏が
 「例えばブラジルの選手は、フォワードはもちろん、ゴールキーパーまでもが、ゴールを目指してプレイしている。日本の選手は、それぞれに与えられた役割を果たそうとプレイしてはいるが、ゴールを見ていない」
 なるほど・・・良いことを言います。それはさらに優れて、マネジメントの問題です。

6.ある課長との対話

「あなたにとってゴールとは、成果とは、何ですか?」
「え?・・・・・・・・・・・・・・・」
「この会社で、どのような仕事をしていますか?」
「課長を、させていただいております!」
「それはどのような仕事でしょうか?」
「若い人の面倒を見ています」
「それは、至言ですね。では何のために面倒を見ているのでしょうか?」
「え?・・・・・・・・・・・・・・・」
「要は、あなたの仕事は何ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 かくして、禅問答は続く・・・・。而して
「先生!わかりました!私の仕事は・・・お客様にウチの会社の商品を、売ることです!」
 感動の「気づき」の瞬間。私も共に感動します。
「そうですね。そうですね。」
しかし・・・その人は、営業課長なのです。
 
 長嶋が最初にジャイアンツの監督をした頃「球際」と言う言葉を使っていました。
多くの人は「おお!さすが天才・・・・」という言葉にその言葉を流すばかりで、理解していなかったと思いますが、今思えばそれは、「フォームだ」「作戦だ」と言う前に「球は捕ること、球は打つことなのだ」ということなのでしょう。何故、捕って、打って、走るかというと、勝つためです。

(阿世賀 陽一)