新庄 夢をありがとう

1.それは、夢でした

 北海道(シンジラレナーイ)日本ハム(酪農イメージ)ファイターズが、日本一になりました。
 ・・・北海道出身である私としましては、今年の夏の甲子園で、駒大苫小牧が早稲田実業のハンカチ王子と競っている時にも隔世の感がしたものですが(そう言うと「苫小牧はこれで3年連続なんだ!」と妻に怒られる)嬉しい限り!というよりも、やはりシンジラレナーイです。
 私の少年時代の、北海道の野球と言えば、冬は雪の中でランニング。甲子園に出れば必ず、1回戦で「球児達の・・・短い夏は 終わりました」。
(それでも、野球部員は女子生徒にモテルのでディア・マイ・エナミーでした・・・)
 年に一度、札幌に東京読売巨人軍がやって来て、話題になる。その頃は、野球選手と言えばジャイアンツの選手とその敵役の村山とか江夏とか田淵とかしか、知りませんでした。
 一度、地元の町営球場でイースタン・リーグの試合が行われ、先生以下みんなでバスに乗って見に行きました。「やっぱりプロは上手いナー(そりゃ中学生・高校生より上手いわ)」
 どの選手も全く知らないので、応援のしようがありません。

2.そして、夢は現実に

 成績も人気もない、パリーグのお荷物球団が、都から北海道に移転して3年目。
 地元フランチャイズ・チーム日本一のチャンスに、にわかに北海道人であることに目覚めた私は、日本シリーズの第5戦・・・
「いいでぇ!いいでぇ!見るしかないべさ!」と混乱した方言を呟きながら(「見るしかないっしょや!」というのは、新しめであるか、札幌方面の方言と思います)、家に帰ってテレビ観戦しました。フライパンでジンギスカンを焼いて、飲むのはサッポロ生ビール・・・黒ラベル。

 1点先攻された後の5回、2塁の稲田を鶴岡がバントで3塁に送り「さあ!フライがあがれば同点です!」の直後の走者稲田と打者金子との(あっ!)鮮やかなスクイズを見た時、
「嗚呼、このチームは本当に、強いのだ」と思いました。
 そして次の6回、田中が2塁に進んで、ピッチャーにジンワリと圧力が加わり・・・
「こ!これはいけるでぇ!」(水島新司のマンガ「男どアホウ甲子園」等の影響で野球と言えば関西風方言になる)と声をだしたとたん、セギノールのホームラン。もう勝利を確信しました。

3.成果は顧客と共に

 胴上げは外野で行われ、舞うのは涙の新庄です。
 超満員のスタンドに「新庄 夢をありがとう」の横断幕が揺れいました。顧客も上司も同僚も新庄に「ありがとう」と言っているのです。
 満身創痍の体を押しながらグラウンドに立つ姿に、解説者は
「・・・新庄はホームベース方向には、痛い、苦しいという表情をするときもありますが、観客に顔を向けるときには、必ず笑顔なんですよねー」
 それは、人生の達人です。たとえ打率2割台のスーパースターと揶揄されても・・・。

 「成果」とは、打撃など一部分の「個人成績」だけでは測りきれないものです。プロ野球の場合は、その力を尽くす対象が相手チームであるという間接性はあっても、成果は、常に顧客と共にあります。
 どれほど技能があっても、顧客に人気のない社員は、評価できるものではありません。また本当の優秀者は、周囲の業績をも向上させる者です。

 新庄が3年前に掲げたゴールは、「札幌ドームを満員にする」です。
(顧問先様に成果主義をアドバイスするとき、私がよくお話しすることは、年度目標とは別に、「ゴールは少なくとも3年視野で・・・」です)
 端的な、選手も監督もフロントも営業マンも、それぞれが「何をなすべきか」を想起し、組織が一丸となりうる、具体的で、夢が詰まった、見事なゴールです。
 チームの優勝に貢献し、多くの魅力的な同僚をも光らせ、そして札幌ドームを満員にし、認知症のファンを治し、地元北海道人を元気にする。プロ野球としてそれ以上の成果があるでしょうか。

 そのように、顧客に夢や信頼や「ありがとう」をもたらす第1の社員とは、中小企業にあっては、代表取締役であることが多いと思います。さて、企業を明日の成功に導いていくために、その第1の社員のサクセス・ポイントは自覚され、社員に理解されているでしょうか?
 その後継者たる「新庄」は、他の多くの社員のなかに、いるでしょうか?                            

(阿世賀 陽一)