人件費と食べて暮らすカネ


1.人を雇うには金がかかる

 2007春闘も、トヨタ自動車のベースアップ1000円をはじめとして、ほぼ予想されていたとおりに終わり、4月は社員の昇給が注目される季節です。さて、その昇給の対象である毎月固定的に支払う所定内賃金と人件費は、いかほどの関係になっているのでしょうか。以下は、厚生労働省「毎月勤労統計調査」(2005年)からの「総額人件費(1人1カ月当たり平均)」の内訳の額と「所定内給与*」を100%とした割合です。
*「所定内賃金」と書きたいところですが、統計自体が「所定内給与」となっていますのでママとします。また、まだまだ「賃金」=「労働の対価」になっていない事業体も多くあると思います。

 所定内給与275,205円(100.0%)
 時間外手当25,713円(  9.3%)
 賞与・一時金 79,520円( 28.9%)
現金給与計380,438円(138.2%)

 退職金等27,949円( 10.2%)
 法定福利費47,185円( 17.1%)
 法定外福利費9,705円(  3.5%)
 現物給与1,005円(  0.4%)
 教育訓練費 1,565円(  0.6%)
現金給与以外計89,114円( 32.4%)

総額人件費469,552円(170.6%)

 「人を雇う*」ということは、経費(コスト)としても、費用(投資)としても、相当なお金(総額人件費)がかかるものです。

*雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。(民法第623条)
 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。(民法第632条)
 会社は、社員に「労働に従事」してもらうことにより、「仕事の完成」という成果のみならず、その成果に至るノウハウ、同時に再現性のあるノウハウを集積できるのです。それが、本来的に雇用が費用(投資)であるゆえんです。


2.「手取り」の問題

 ところで、社員としては、例えば中途採用者などに「いくら欲しい?」などと聞いたりすると(そのような無計画な採用はお勧めできませんが)、その答えの額はこの所定内賃金から税金や社会保険料・雇用保険料などを引き算した「手取り」のことになります。細かく非課税の通勤手当を引いて答える人もいます。
 
 昔、アメリカを視察してきた年金の専門家から、アメリカの一流企業のなかには、引き算をして「手取り」を表示するだけではなく、
「当社は、YOUに、これだけ投資している・・・・・・」と給料明細に、足し算をして「総額人件費」を示している会社があると聞きました。
それは企業として、正当な姿勢であると思います。
「オレは・・・あくまでも手取りで暮らしいるんだ・・・」とでも言おうものなら
「NO! YOUのライフは、YOUの自由と責任のもとにある」と、言われてしまうのでしょうか?
 それはまた、文化というものです。


3.会社としてのもう一つの視点

 一般に、春闘などの労使交渉の時は、「労働組合は生計費の立場を重視して賃上げを要求し、経営側は生産性基準で賃金を考えようとする(楠田丘「賃金テキスト」)」ものです。「それぞれの立場は、賃金の性格に由来するものであって当然だと言えよう(前掲)」と私も思います。
 もちろん、この場合の「生計費」の中身は、「嫁さん(最近の若い男性がこういう言い方をするのが私には不思議です)」が一泊210万円のホテルのような「セレブな生活水準」を求めようとも、「車はBMWでなきゃいやだ!」と思っても、
 「プリーズ…それは、YOUの自由だ。(but、その希望がかなう可能性は、われわれのこの場所にはない・・・かもしれない)」というものです。
 その「生計費」とは、最低生計費や標準生計費(+チャンスの幅が必要です)などの理論的な生計費と言うことになります。

 さてそれでは、会社は全体としての賃金支払い能力やそれを配分されるべき社員の労働価値など「生産性」のみを問題にすべきであり、食って暮らしていくための「生計費」は、もっぱら社員からのみ問題にするべきことでしょうか?
 賃金は、「生計費」すなわち企業にとって必要な「労働力の再生産費用」でもあります。
 なんだか、とても古そうな言い方ですが、「その子づくりまで含めた労働者階級を再生産する搾取の構造」などとは言わないまでも、働くときにのみガソリンや電気が必要な機械とは違って、社員は働くときも働いていないときにも、食わねば生きていけません。会社で働いていないその扶養者をも食わせなければ生きていけません。生きていけないとならば、会社はその労働力という生産手段を失うことになります。
 そのようなことは、「生計費」「労働力の再生産費用」などと難しい言葉を使わなくても、誰もがわかっているものです。
 ある人事考課面談での課長と部下の会話
 「いやー、A君。今期は泣いてくれんかね」
 「どういう意味でしょうか?」
 「君と同格等級のC先輩が、すでに結婚しているのは君も知っているだろう。今度、赤ちゃんができたそうで、かわいそうだよ。彼の希望通りに昇格させてやるためにはA評価をつけてやらねばならんのだよ」
 「それが…私をC評価にする理由ですか・・・」
それは、あんぐり&アングリーというものです。

 「NO! そのために当社には、家族手当も(昇給コントロールのための)年齢給もある!」(というような外資系の会社は見たことがありませんが・・・)
賃金制度のスタイルがどのようなものであれ
 「YOUがここで説明を許されていることは、YOUの実力と成果に関することである」としておかなければなりません。
 
 「生計費」が、手取りの内側に納まっているならば、何の問題もないことです。一流大企業がそのような手当を廃止するのは、賃金思想の問題よりも元々の「額」の水準がその前提となっていると思われます。
 家族手当など生活関連手当なしで内側に納めようとすると、当然、全体の原資は高くなります。しかし、現実的にこれから結婚する年頃の社員が多い会社に高額の家族手当があると将来的に賃金原資の高騰は覚悟しなければなりません。
 どのような賃金政策を採るにしろ、採らないにしろ、会社は「生計費」の問題を、見なければなりません。


4.社員としてのもうひとつの視点

 そして、仕事をおもしろく、社会や自らに意味のあるものにするために、社員は「生産性」や自らの労働価値を、見なければならないのです。
 [やる気はどこにあるか−動機論編(第12節ハーズバーグを超えて以下)]参照 
そのような社員がいる会社は強いものです。

(阿世賀 陽一)