いなくても良い人

1.C級サラリーマン

 地下鉄に乗っていると、吊り広告に次のようなコピーがありました。
「私がいなくても、仕事はまわる。なぜだ。」 
 
 広告の内容は、ビックコミック連載中の山科けいすけ氏の4コママンガ「C級さらりーまん講座」の単行本が好評発売中であるというものです。「C」と言うからには、優秀ではなく、普通よりも評価が低いと言うことでしょう。
 そのコピー(あるいはネーム)から想像されるのは、部下・後輩に人気もなく、「窓際」あと一歩の中高年。成果をあげながら成長していく「人材」ではなく、未来の少ない、いるだけの「人在」。いなくなっても誰も困ることはなく、限りなく0に近い労働価値。存在の不安。「無能の人」。つげ義春氏のコミックにありがちな「ゴー」という擬音−リアリズムな風の音が聞こえてきそうです。

(・・・と言うような、勝手なイメージとは裏腹に、高田馬場の芳林堂で一冊買って帰って、読んでみると「会社というものは、とぼけた部下と怒る上司はいるものの、雇い・雇われている以上は、それなりに幸せな場である」という感想もでてくるようなホノボノとした作品でした。みんなでCなら怖くない?それは、怖い。)


2.ナイチンゲール

 ・・・似たような言葉を、聞いたことがあります。
 ある病院の婦長さんとの対話
 *今、「看護婦」という職名はもとより、「婦長」という役職名は不適切なものとなっていますが、当時の院内では、まだそのように通称されており、また今回は特に敬愛を込めて・・・

「正看と準看の違いは、リーダーシップ教育にあると聴いたことがありますが、看護という職務におけるリーダーシップとは、どのようなことでしょうか?」
「それは、私が急にいなくなっても、看護がまわる。そのような体制を創り、維持することです。」

「・・・感動的なマネジメント論ですが、それは・・・婦長さんがお考えになった言葉ですか?それとも、どなたか経営学者の・・・」
「いえ。これはナイチンゲールの言葉です。」

 子供の時・・・、妹が読んでいた少女雑誌にちばてつや氏のマンガが掲載されていました。
 私は、そのかなり以前から「ちかいの魔球」とか「紫電改のタカ」(「明日のジョー」より以前のことです)を愛読していましたので、その掲載されていた一話を読んだことがあります。
 そこに描かれていた、歌手であったか、女優であったか・・・芸能界を目指している主人公がマネージャーに叱られている場面を思い出します。
「バカヤロ!人に尊敬する人は?と聞かれたら、女はナイチンゲールと答えるもんだ!」
 一度だけ目にしたマンガですが、そのような記憶があります。
「巨人の星」にもそのような面接シーンがあったように思います。それは、人生の進路を描く際の、昔のドラマの定番でした。
*今、面接などで「尊敬する人は?」と聞くことは不適切とされています

 その確信に満ちた話し方に、ナイチンゲールとは、この婦長さんのような人だろうと確信しました。    

 実際にその略歴を見ると、フローレンス・ナイチンゲール、1820年生まれ、クリミア戦争に従軍、ナイチンゲール看護学校を創設、・・・元祖「白衣の天使」、献身的で理想的な女性なんて思ってい
たらトンデモナイ誤り、目的をもち、組織人であり、組織を創りあげた強力なリーダーです。
 「私が急にいなくなっても」とは、弾が飛び交う戦場を、「死」を身近にした体験から出てきた言葉なのだろうかと想いました。詳しいところはわかりません。
 

3.掌握するということ 

 さて、山科けいすけ氏が描く「C級の人」とわれらがナイチンゲールとの違いはどこにあるのでしょうか。
「私がいなくても、仕事はまわる」という現象は、ほとんど同じです。その後が違います。

「人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。」−サミエル・ウルマン

「なぜだ」と困惑する「C級の人」。
「当然です。その体制は私が創り、かつ維持しているのですから」という、信念と共にあるナイチンゲール。
  その「組織を掌握している」という自己確信はどこからくるのでしょうか?

 見ているということだと思います。

 もっと言えば(この場合は、とりわけ)
 「看る」ということです。
 
 医師は、患者さんのどこが悪いのか、どうしたら良くなるかを「診る」ことが仕事です。
 看護師は、患者さんが、自らが自らを治すのを「見守り」援助することが仕事です。優れてマネジメント的な仕事と言えます。ちなみに「観る」だけで治ったら、観音様。

 医療・福祉・学校の方をはじめ、全ての、人に対するサービス業で働く方へ、
 「みなさんは、顧客を看るプロフェッショナルです。
 そして、その看る対象を、時に応じて働く仲間と組織、そして自分自身にも向けてください。
 きっと、顧客を看ることへの良い(ほんとうの)成果にもつながると思います」


4.見守って、ふりかえり、わかちあう

 「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」−山本五十六

 上司が部下になすべきことは、期末に慌てて査定するようなことではなく、日々「見守る」ことです。
 上司とは、部下の行動や考え方が、会社が目指す方向と違うところに向いていないか、業務を遂行する上での方法や手順に誤りはないか、常に部下を「見守り」、励まし、必要に応じて叱責し、期末にふりかえって、期中でとった行動(仕事)を評価し、

 「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」−同上

 次のゴールに向けてまた一緒に走り出す、伴走者です。 

 それを通じて、良い仕事を「わかちあい」、組織に広げていかなければなりません。

(阿世賀 陽一)