心を配ること

1.安全配慮義務

 この春(平成20年3月)に施行された労働契約法の多くの部分は、これまでに確立された労働判例を法文化したものとされていますが、そのようなものの一つに「安全配慮義務」があります。それは次のような条文です。
 第5条(労働者の安全への配慮)「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」
「するものとする」という大仰な表現は、その責任が使用者の「裁量」に「委ねられている」という意味だとのことです。「裁量」と言うことは「あれこれ具体的にああせよこうせよとは言わない・・・・(が、責任は動かぬぞ)」と言うことでしょう。委ねているのは「誰か」と考えると「法」または「国家」からということでしょう。
 労働者は使用者に対して、その指揮命令に従い労働に従事することが義務であり、使用者はそれに対して賃金を支払うことが義務ですが、プラスその「付随義務」として「信義則上」「当然に」安全配慮義務を負うものとされてきました。
 何か事故が起きた場合、労働安全衛生法に違うケースには、法令違反としての「罰」が下されますが、この安全配慮義務を怠ったために労働者が損害を被ったとされる場合には、民事上の損害賠償責任が生じます。労災保険による補償だけでは済まなくなります。また労災認定の可否に関係なく請求されることもあります。これまで、どの法律のどこにもそんなことは書いてありませんでした。ただ、確立された判例であると言うことです。知らない人にとっては、昔の白土三平のマンガに出てくる「死の掟(しかし、誰もその内容を知らなかった・・・)」のようなものです。一方、使用従属関係にあるのですから、そのような配慮はコモンセンスであるとも言えます。どちらにしろ確立されていることならば、今回、法律として周知されたことは、良いことだと思います。
 何にしても、『安全第一』です。

2.健康への配慮
 
 事故に対する安全だけではなく、「生命、身体等の安全」には「心身の健康」も含まれます。
 「心身」といえば、メンタルヘルスの問題を想起しますが、その課題は今後企業にとって増加していくばかりでしょう。
 どうも・・・・メタボだ、禁煙だ、シートベルトだ、納豆だ、ヤラセだと、「安全」や「健康」という単純な価値観に単純な因果論によって、向かえば向かうほどダメになっていくような気がします。余談。
 業務上の疾病とは、仕事中に発症した疾病のことではなく、仕事中において有害因子にさらされることによって発症した疾病です。有害因子とは、事業場で扱う有害物質のことだけではありません。異常な出来事や長時間残業などの過重業務によって増悪し、最悪の場合には「過労死」に到る脳・心臓疾患、そして「リストラ」「仕事上のミス」「交通事故」「ノルマ未達成」など業務上の心理的負荷により、最悪の場合は「過労自殺」に到る精神障害も含まれます。(もちろん「離婚」「難病・大病」「身内の不幸」など業務以外の精神的・肉体的要因によるものは業務上災害の対象になりません)
 昨年(平成19年)には、新たにパワーハラスメントによる自殺が、裁判で業務災害であるとされました。
 なんだか・・・・こう書いていると労働契約法上の使用者(事業主)も労働基準法上の使用者(上司と名のつく人)も、労働者と共に、みんなみんな病気になっていきそうです・・・・。
何にしても、『やるべき事をやっておく』しかありません。

 健康配慮には、就労中や復職後の増悪防止のことも含まれます。業務が原因の場合はもちろんのことですが、私傷病についても「通常の労務の不完全提供」即「解雇」というわけにはいきません。ただし、その配慮とは単に業務軽減をすることでもありません。
 「病気が治らない=仕事をしなくてよいから得」という自らの可能性まで奪うナンセンスな既得権にならないよう、例えば労働時間の軽減が必要な場合は、その時間短縮に伴うノーワーク・ノーペイ(=ペイ・フォア・ワーク)の賃金減額、そして自らの「健康回復義務」など、就業規則の規定整備が必要になっていきます。

3.もう一つの配慮から

 労働契約法には「安全配慮」の他に「配慮」という文言はあと2つあります。
1つ目は、有期労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまで解雇できない(第17条第1項)という制限の「返す刀」で、その労働者を使用する目的に照らして、契約期間を必要以上に短くすることのないよう「配慮」しなければならない(第17条第2項)というものです。
 「やむを得ない事由」を明確にしておかなければなりません。
 そして、もう1つ配慮があります。
 第3条(労働契約の原則)第3号「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」
 「すべきものとする」とは、労働者と使用者は「理念」として、その重要性を常に「念頭に入れておくべきものである」という意味だとのことです。
 これは確立した判例からのものではなく、野党の修正要求に与党が同意して盛り込まれた新しい配慮です。『ワークライフバランス』です。その法律効果は未知数ですが・・・・・・。
 それよりも、この『ワークライフバランス』は、かつて日本の成長を支えた3種の神器@年功賃金A終身雇用B企業内労働市場(企業内労働組合)に替わる、これからの日本の人材政策の大きな柱になっていくものです。それは、企業の課題としては『人材育成』と『人材活用』の両輪です。動的な『育成』と『活用』の循環でもあります。
 それこそが、企業と人の「健全な発展」というものです。
 心身の健康のための様々な対策は緻密に準備しておかなければなりませんが、天下の大道とは、そのような一本道であろうと思います。
 配慮とは「心を配る」という意味ですが、安全や健康だけではなく、仕事に従事してもらうためにも、誉めるにしても、叱るにしても、そのためには、「見る」ことが必要です。

(阿世賀 陽一)