明るく、激しく、楽しい労働契約

1.4つの濫用

 労働契約法には「濫用」について4つの条文が出てきます。一つ目は包括的に、権利濫用の「禁止」です。
第3条(労働契約の原則)第5項「労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない」

 2つ、3つ、4つ目は使用者が労働者に対して持っている「出向命令権」「懲戒権」「解雇権」という権利が濫用であれば「無効」というものです。

 第14条(出向)「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする」
 第15条(懲戒)「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」
 第16条(解雇)「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」

2.権利の濫用とは

 「濫用」という言葉は、民法の一等最初、第1条(基本原則)にでてきます。
@私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
A権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
B権利の濫用は、これを許さない。
 この社会で生きていくための基本ルールとして、なかなか味わい深い文章です。
 「濫・用」とは、「ミダリニ(妄りに)ミダレ(乱れ)」て「モチイル(用いる)」という凄い言葉です。
 「権利」とは、会社としては、社員に「働いてもらう」ことです。
 社員としては、その労働の対価としての「賃金を支払われる」ことです。
そこには、様々な権利と義務が付随して発生します。

 「顧客最優先!」と言って、(比喩ではなく)寝る暇なく働かせるのは、安全や健康に配慮する義務を果たさないままの権利の濫用です。それで顧客に評価されるかというと、さにあらず。
 ズルして賃金をもらうのは、信義に基づき誠実に勤務する義務を果たさない上での権利の濫用です。それがその社員にとって得なことかというと、さにあらず。

 出向、懲戒、解雇など、雇うことに付随する権利が「濫用」とされないためには、就業規則に具体的に規定しておくことをはじめとして、それぞれに労働判例に基づいたイロイロな対策をしておく必要がありますが、まずは「動機・目的・手段が不純」であれば、濫用です。
 その「程度」に、あまりにも苛酷なものがあれば、それも濫用とされます。
 苛酷と言っても、例えば使用者の配転命令権の問題で、新婚ホヤホヤの社員に「福岡に行け」と単身赴任を命じるのは苛酷とされません。強い同情をよぶ話しですが・・・・。
 「会社に福岡支店があることを君はわかって入社しただろう」
 「就業規則にもそう書いてあっただろう」さらに
 「勤務地限定特約がある非正規従業員ではなく、君は正社員として入社し、それをこれまで享受してきたではないか」と言うことです。
(要介護の親を抱える社員に単身赴任を命じるのは、苛酷とされます。病気がらみは問題です)
 「福岡支店の発展と君のキャリアパスのために」としてなら正当です。
 「委員長を飛ばして労働組合東京本部の弱体化(・・・・昔の話しです)」がホンネならば不純です。
 「・・・・オレとの交際を断ったから」は、もちろん不純。

 「労基署がうるさいから〜残業代を削減しろと言われているから〜通常7日かかる書類を残業せずに3日であげろ!(7÷3=233%)」というのは、「程度」が苛酷であるという問題だけではなく「動機・目的」そのものが不純だと思います。

3.歯が浮くほど正論で

 最近、入社して、上司に注意されただけで(新入社員が叱られるのはあたりまえ)、メンタルヘルス不調になってしまう人が増加しています。(昔は「5月病」と言って済んでいたのですが)
 そして「パワハラによる労災だ」「補償だ」「解雇制限だ」と主張する。・・・・堪ったもんじゃない、ですが・・・・病気は病気なので、会社は「配慮」をしなければなりません。
 しかし、それ以前に、「雇用関係」と「組織」の要であり、本質でもある指揮命令権の遂行を、その濫用であるパワーハラスメントとされることは、なんとしても避けなければなりません。
逆に、ミスしても「いいよ、いいよ」。売上未達でも「いいよ、いいよ」と言う上司がいたなら、それこそ人事権を発動しなければなりません。(昔から、甘い上司で尊敬される上司がいたためしがない。)さらに、本人の脆弱性を強めるとともに・・・・その前に、会社が潰れます。 
・・・・どうしたらよいのか。
 故ジャインアント馬場が提唱し、弟子である四天王とガイジン・レスラーにやらせていた
「明るく、楽しく、激しい!プロレス」。これです。
 そのライバル団体のような、「事業場外」であるデパートの前や花道での襲撃はもとより、野望ギラギラで嫉妬と怨念と挑発のマイクパフォーマンス、そして結局、両者「場外」リングアウトは、「明るくないもの」として厳禁。
(自分がエースの時代はどうだった?は別として。でも思えば、ほんとうに全盛期のボボ・ブラジル戦やジン・キニスキー戦では、たとえ引き分けるにしても「ちゃんと・真面目に」フルタイム時間切れでした。昔は、やる方も見る方も耐久力がありました。)
 常にリング上で「互いに背伸びした110%の能力発揮(四天王時代のトップガイジン・レスラー殺人医師スティーブ・ウィリアムスの証言)」による過激なプロレス。それによって顧客を楽しませる。それです。
参考文献:2008年週刊プロレス別冊「四天王プロレスFILE 〜至高の闘いの全記録〜」

 マネジメントは「歯が浮くほど正論で、厳しく」なければなりません。
 それが有効にかみ合うには、
第3条(労働契約の原則)第4項「信義に従い誠実に、権利を行使し(相手の鍛錬を信じてチョップを打ち)、及び義務を履行(チョップを打たれ、その痛みに耐えた上で反撃)」するように合意決定された労働契約が必要です。

このテーマ続く・・・  (阿世賀 陽一)