戦場(いくさば)には矢が飛んでいる

 人材としての「人間(ひと)」は、企業に成長と発展をもたらす第一の資産です。
 しかし、同時に労務管理上の諸問題と化す可能性のある「人間(ひと)」は、経営者や管理責任者に過酷な負担を強い、企業秩序を壊す要因となるなど、経営に大きなリスクと危機をもたらす存在でもあります。
 今回は、そのような労務リスクのうち、経済的な損失に関することです。

1.「命」の値段

 交通事故などで被害者が損害を被ったときは、加害者はその損害を賠償しなくてはなりません。その損害賠償金は、どのように計算されるのでしょうか?
 基本は、次の通りです。

@直接的な損害(治療費・葬儀費など) +A間接的な損失(休業損害・逸失利益など)
  +B慰謝料+Cその他

 中でも、特に金額が大きくなるAの逸失利益の計算は被害者の死亡の場合、次の通りです。

★基礎収入 ×(1−本人生活費控除率)
  ×稼働可能年数(67歳まで)における中間利息控除(ライプニッツ係数)

 つまり、67歳まで仕事をしていた場合に得たであろう累積した収入をベースに、そこから生きていた場合の「本人の生活費分(一家の支柱で30%〜40%)」と(将来にわたって累積する金額を一時金で得るので)「逆の利息分」を差し引いた金額が、遺族が失った利益ということになります。
 退職金制度がある会社に勤めていたならば、これに定年まで勤めた場合に得たであろう退職金の額に中間利息控除を掛け、それから死亡退職金を差し引いた金額が加わります。

 Bの慰謝料は、本人の年齢・家族内での立場によって決定されます。
 一家の支柱で、2400〜3000万円です。

<計算例>

40歳、子供2人・・・・

・直前の年収 750万円
・死亡退職金 320万円(定年時退職金1500万円)
・稼働可能年数は67歳までの27年間(年齢別ライプニッツ係数14.643)
・定年まで20年間(年別ライプニッツ係数0.377)

@葬儀費 150万円

A逸失利益750万円×(100%−生活費35%)×14.643
                      =7138万4625円

(退職金)1500万円×0.377−320万円
                      =245万5000円
B慰謝料3000万円
                   計 1億533万9625円

*賃金表による定期昇給制度がある会社に勤めていた場合で、死亡時よりも年収が上昇していたであろうことが認められると、逸失利益の金額も上昇します。

 同じ労務リスクでも、残業代「未払い」問題などの「労働の対価」の値段は、2年間遡及されたり、他の労働者に波及したりすると大きなものになりますが、やはり人間(ひと)一人の「労働力の価額」は、大きいものです。

2.後遺障害はもっと高くなることがある

 死亡ではなく、後遺障害の場合の逸失利益の計算では、(生きているので)「本人の生活費分」を控除せず、「労働能力喪失率」を掛けます。
 ただし、障害等級1級〜3級の喪失率は「×100%」で、もう働けないものとして計算されます。
 最近の裁判例では、そのような逸失利益の積算に加え、被害者に重い障害が残った場合に、直接的な損害として「将来の介護費用(職業介護人費用)」「住宅改築費用」や本人を介護するために「充分に働けなくなった家族の逸失利益」も認められるようになりました。そのため、損害賠償金が2億円を超す判例は、もうめずらしいものではありません。

3.会社が加害者とされるとき

 社内においても、過労死・過労自殺・過労後遺障害や仕事・セクハラ・パワハラなどによるメンタルヘルス不調を含め、発生した業務上災害の原因に、安全配慮義務違反や使用者責任などがあったとされると、会社(使用者)に損害賠償義務が生じます。 
 その場合の考え方や高額化傾向は、これまで述べた損害賠償のリスクと全く同じです。

 業務上災害は、通常、労災保険で補償されています。労働者保護を目的とし、原則として過失相殺がないなど、本人には有利な補償となることが多いものですが、その補償内容に「慰謝料」や「見舞金」は入っていません。
 労災保険から「すでに得た」療養補償給付(直接的な損害に相当)と休業補償給付(間接的な損失の一部に相当)については、「損害賠償金に充当すべき」との判例はあります。しかし、そのような調整は、「将来に向けた」金額の大きな(逸失利益に相当するような)障害補償年金や遺族補償年金の全部には、認められていません。
 自動車に乗るときに自賠責保険だけでは安心できないように、「人を雇う」ことについても、労災保険だけではなく、労災上乗せや使用者賠責保険のようなリスクヘッジが必要となっていく傾向にあります。

 事業経営には、常にチャンスを活かすことを志向しながらも、同時にリスクへの予防(これが第一)と危機への対応策を講じておくことが必要です。

 矢に当たることを恐れて戦(いくさ)はできません
 しかし 戦場(いくさば)に矢が飛んでいることを知らずに
 戦に勝つことはできません 

(阿世賀 陽一)