軍中、将軍の令を聞き

1.ある業務命令違反

 震災翌日の3月12日午後8時20分。すでに水素爆発を起こしていた福島第一原発1号機の原子炉を冷やすために
「首相の指示により海水注入が始められた」ことになっていましたが、実は、
「海水注入は7時頃に始められていた」が、首相の指示、意向、または了解が得られていないからとの本社の命令で
「注入は停止され55分の中断の後、再開された」と、5月16日に東京電力より発表されました。その状況下(前日の5月15日には、実は、メルトダウンしていたと発表)での55分間の中断は、重大な事態の悪化をもたらしたのではないかと国会で問題になりました。
 そして、中断の理由として、
「原子力安全委員長から『(海水注入は)再臨界の危険性がある』と指摘があったから・・・・」
 怒った委員長の反乱(学者としては死活問題だったのでしょう)、
「専門家としてそんな指摘をするわけがない!」
 その後、政府と手打ちして
「総理に聞かれ『再臨界の可能性は0とは言えない』とは答えた」
 さらに野党からの質問には
「可能性が0でないとは、事実上0という意味」
 ・・・・説明にも、言い訳にも、弁明にも、「手打ち」にもならない混乱。

 そして26日、さらに実は、第一原発所長の「現場の判断」で(命令は無視され)「中断はされていず、続行されていた」ということが判明。
 これは、何であるのか?
(でも、この混乱の発端を問われた人も含め、安堵した人の方が多かったと思います。)
 後に所長は、テレビで
「生きるか、死ぬかでしたので・・・」

2.皇帝陛下の命令でも

 漢の文帝の頃、国内に匈奴が侵入してきた時の話。
 文帝は詔(みことのり)を下して、3つの防衛拠点に3人の将軍を配置し、自ら各軍を労(ねぎら)うために視察しました。2つの拠点で大歓迎された後、将軍周亜夫が駐屯する「細柳の営」に赴きます。先駆の者が門の前で
「天子様が視察にいらっしゃった。開門せよ!」
 すると、門を守る将校が
「軍中、将軍の令を聞き、天子の詔を聞かず。」
(生きるか死ぬかの戦場では、司令官である将軍の命令が唯一絶対のものです。それを飛び越えては、たとえ皇帝陛下の命令といえども従うわけには参りません。)
 将軍である周亜夫の、威令の徹底の程がわかります。
 文帝は、将軍に使者をだして開門の詔を伝え、それを受けた将軍の令によって、ようやく門は開かれました。
 皇帝の車馬が中に走り込むと、そこを守っていた者が
「将軍約す、軍中は駆馳(くち)するを得ず。」
(軍営の中では、「車馬を走らせてはならない」と将軍に厳命され、約束しております。)
・・・・皇帝一行、踏んだり蹴ったり。
 周知徹底とは、かくなるものか。
 視察の後、群臣は呆れるやら怒るやら・・・文帝は、
「あれこそ・・・・真の将軍である。あれに比べたら他の2人は、戦争ごっこをしていたようなものだ。」
 これまた大人物。さすがに・・・・皇祖劉邦の死後、太后呂氏による劉邦の側室とその所生の皇子達の大粛正の嵐の中で、生きのびて即位し、漢帝国の礎を築いた名君です。
 亡くなるとき皇太子を呼び
「この後、国に動乱が起きたときは、周亜夫を軍の総帥とせよ」と遺言します。

3.柳営と幕府

 日本においては、この度晴れて世界遺産となった平泉の、奥州藤原氏による地方武士政権は、自ら「細柳の営」を略した「柳営」と称し、その政庁は(一見風流な名ですが)「柳の御所」と言われていました。
 その平泉政権を、すでに平家を滅ぼしていたライバル鎌倉勢が打倒しようとしたとき、鎌倉殿への対抗カードが全て無くなることを恐れた京都の朝廷は、なかなかその勅許を出しません。
 源頼朝は、勅許のないまま勝手に戦争を始めると逆賊の汚名を受けることになるのではと迷います。
 そこへ家臣の大庭景能、頼朝に
「軍中、将軍の令を聞く。天子の詔を聞かずと云々」
(草萌える坂東武者だというに、凄い教養!)
 まだ、天子から基本方針を委任されていないのだから、これは拡大解釈だと思います。この拡大解釈をさらに全国的に、かつ平時に拡げて、幕府は実質的な日本の国内政府として続いていきます。
 日本では、京都の貴族の時代が終わっても、中国のような易姓革命はありませんでした。

4.リーダーシップとマネジメント

 もちろん、例えば企業の東北支社長が、平時に
「俺の支社では、社長の指示なんか聞かなくてもよい」なんてこと言ったらクビです。
 一般的に、これはトップが自ら作った組織を無視して指示を出すと、組織は混乱して、弱体化するという「指揮系統」の重要さに関する故事です。
 また、部門を任されたリーダーは、いちいち上にお伺いを立てるのではなく、下された上位方針の範囲で「頭を使い」、自律して「責任ある判断をしろ」ということです。そうでなければ不作為です。
 さらに、安全・防災・リスクに関連した緊急時に、トップが「止まるか進むか」「右か左か」を判断しなければ動かない組織ではなく、方針とその方針通りに動く体制をあらかじめ作っておくことがトップの仕事です。

 その時、トップは(任せっぱなしではなく)方針通りに「前に進んでいるか否か」ということを確認しながら、マネジメント(操縦)するのです。

 

(阿世賀 陽一)