焦ることはない

1.AKBとおニャン子

 暑い!街には、あちこちにAKB48が微笑む看板や広告がいっぱいあります。
 そのような炎天下を歩きながら、思います。
「モーニング娘は、どこに行ったのだろう・・・・」
 AKBについては、最初は「もしドラ」の主人公、川島みなみのモデルだと思っていた高橋みなみ(実は峯岸みなみだった)しか知りませんでしたが、「総選挙」とかで他に3〜4人の名前を覚えることになりました。それでも、顔と一致すると自信をもっては言えません。
 ファンであれば、48人の識別と掌握が可能であるのか?高校のクラス担任でも40人くらい。9人や11人でも厳しい。なでしこジャパンは、フルで見たのは1回だけですが、澤と宮間と海掘は、その試合で覚えました。素晴らしい試合でした。
 こういう大勢で出てくるものとして、昔、おニャン子クラブというものがありました。
 AKBとの違いは
「今日、○○は期末試験なので休みデース」と学業優先というキャラクター・コンセプトでしょう。今ならば、
「だっさー・・・・」とかになるのでしょうか。

2.モーニング娘。とザ・タイガース

 仕事帰りに夕刊紙を見ていると、「元モーニング娘。紺野あさ美アナ初鳴き=vという記事がありました。
 「モーニング娘。」のメンバーとして5年間アイドルをした後、高等学校卒業程度認定試験(昔の大検)を経て、慶応義塾大学に入学・卒業してテレビ東京に入社、3カ月の研修を終え、生活情報番組で新人アナウンサーとして「第一声の初鳴きに挑んだ」というものです。
 大したものだ。
 人見豊(ひとみみのる)氏を思い出します。
 昔々、ザ・タイガースというグループ・サウンズがありました。
 その時代、妹が買ってくる雑誌の人気投票で常に1位は、(日本では)史上空前の、即ちプレスリーよりもビートルズよりも、超絶人気アイドルである(と感じられた)ザ・タイガースのヴォーカル沢田研二(ジュリー)、そして2位は、3位のザ・テンプターズの萩原健一(ショーケン)を押さえて、ザ・タイガースのドラマー瞳みのる(ピー)でした。
 同級生の女の子も「ピー!ピー!」と鳴いていました。
 その時代は速やかに過ぎ、GS仲間がソロ歌手・俳優・ごく少数の演奏家・タレント・その他になっていく中で、人見豊氏は中退していた故郷の高校に20代半ばで復学。そこからやり直して、慶応義塾大学に入学しました。(凄いエネルギー・・・)
 「どうして、そんな堅い大学に・・・・、どうして・・・・例えば○○大学等ではなかったのか」とGS仲間が対談している雑誌を読んだことがあります。
 (それは余計なお世話。そして慶応大学に失礼というものです。)
 卒業後は、高校の国語の先生になったと聞きます。
 (中国語・漢文のテキスト・参考書等の著書多数)
 後年、同世代の人と書店の古典・漢文コーナーで
 「これ、ピーじゃない?」
 「ああ、そうだ。そうに違いない」と会話した記憶があります。
 世界で2番目に(日本の)女の子にモテることに
 「ホトホト厭いてしまったのだろうなぁ。そんな境地に、なってみたいものよ」と、程度の低い男子の感想を持ったものです。

 紺野あさ美アナについては、大学4年間前のその5年間を、今では、そして今後の活躍によって一層、楽しく意義のある「ワーキング・ホリデーのようなものだった」と捉え直すことができるでしょう。
 過去は、未来がつくるものです。
 しかし、過ぎたことを「結果良ければ全て良し」にするには、努力なしに、やりたいことを平面的に探して、見つかるようなものではありません。

3.喪失届

 「焦ることはない」
 入社してすぐ退職する人の「喪失届」を事務所として作成・提出代行するたびに、そう思います。
 もちろん会社の目標や上司の指示に対しては「焦らず」とも、「速やか」にかつ「全力」であたらなくてはなりません。
 1年が人生の50分の1以下でしかない私と20分の1の若い人とでは、1年の重みは相当に違うでしょうが
 「今の仕事は自分に合っているのだろうか?やり直すなら、早いほうが・・・・」なんて考えは、なんとなくイヤなことに理屈をつけて強化しているだけです。
 就職活動に履歴書は欠かせません。
 アルバイト時代は、短期雇用&ユニット労働なので問題にもならないでしょうが
 そして新卒入社の時は、学歴・職歴欄に
 「○○○○卒業見込み」と書くだけで、気にもならないでしょうが
 その後
 「○○ 入社
 同  一身上の都合により退社」
 が僅かな期間に連続していれば、特に理由がなければ

 会社は、「こらえ性がない」、それ以上に成果もそれによって培われる実力も「何も得ていない」と見るしかありません。

(阿世賀 陽一)