職務専念義務を求める責任

1.居眠りによる事故

  4月29日午前4時40分ごろ、「朝には東京ディズニーリゾートで・・・・」という乗客たちの幸福な夢を破り、関越道で千葉県印西市のバス会社の高速ツアーバスが防音壁に衝突し、乗客のうち7人が死亡、38人が重軽傷を負う事故が発生しました。  
 群馬県警は、5月3日、自動車運転過失致死傷容疑で運転手を送検。運転手は、事故原因について「居眠り。疲れていたから」と供述しました。
 誰もが原因は、「過重労働」と思ったことでしょう。

2.運転手は何をしていたのか?

 バス運転手に対しては「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」を遵守しなければなりません。 
 大変詳細な基準ですが、一番重要なポイントを超カンタンに要約すると、労働時間であるなしに関わらず「仕事に関係しない時間(≒寝る時間)を8時間確保しろ」ということです。
 もっとも、機械のように労働スイッチを切ってすぐ睡眠、起動して即労働というわけにはいきませんので、労働者の立場からを考えると、これを遵守できていたとしても厳しい。しかし業界の現実はさらに厳しい。

 運転手は、仮眠のために事故前日の午前8時ごろ石川県白山市のホテルにチェックインし、午後4時半ごろチェックアウトしています。その間8時間30分。会社側は「午後10時すぎに金沢駅前を出発するまでは食事やバスの整備をしていた」と説明しています。
 「基準」としては充分です。

 運転手は、事故前日の朝から夜まで、何をしていたのか?

 テレビでは「他にアルバイトをしていた」とか「本業は別にあって、バス運転手の方がアルバイトだった」とか、しばらく運転手個人の問題が話題を占めていました。

 バス会社の社長は、5月6日に記者会見し、国土交通省の特別監査で36項目の法令違反を指摘されたものの、これらの違反行為が事故を招いたのではなく、あくまで事故原因は、運転手個人の居眠りによるものとしています。また、事故を起こした運転手の勤務状態については、「3カ月間の平均乗車時間は月100時間程度で、過労運転となるものではなかった。直前の3日間は休養させていた」としています。

 県警は、5月20日、バス会社の道路交通法違反(過労運転下命または容認)容疑での立件を断念。
 しかし・・・・、5月21日、運転手を道路運送法違反(無許可営業=白バス)容疑で、再逮捕すると発表し、さらに5月22日、運転手に運送事業の名義を貸したとしてバス会社の社長を同法違反(名義貸し)容疑で逮捕すると発表しました。
 運転手は、バス会社の名義を借りて自分のバス4台の営業ナンバー(緑ナンバー)を取得し、親族ら数名の運転手を使い、独自営業で月500〜600万円の売り上げをあげていました。そのため、労働者としてではなく、事業者として「ツアーの手配や車の修理、洗車など」で過労状態にあったのです。

 元々、運転手が最初に起訴された日の翌5月4日の時点で、バス会社の代理人弁護士が「運転手はバス会社の名義を借りて、日常的に中国人観光客向けツアーを自分で手配し、自分のバスを走らせていた」と証言していました。
 運転手の無許可営業による責任(=依頼者の免責)を主張したかったのでしょうか?では誰が「名義を貸して」いたのか?この代理人である弁護士の「証言」は、「自白」あるいは依頼者を「告発」しているようにさえ聞こえます。

 運転手も社長も5月28日(再)逮捕、6月17日起訴、会社は6月22日事業許可取り消し処分になりました。

3.職務専念義務

 道路運送法では短期雇用を禁じていますが、バス会社が抱える運転手10人のうち4人は事実上、1日いくらの日雇いでした。事故を起こしたツアーは、「1日1万円。3日で3万円」でした。事故を起こした運転手は、月600万円の売上げがありながら、なぜそのような額で請負ったのか。それは名義を借りるためでした。
 バス会社の社長は、「名義料をもらった事実はない」と弁明していましたが、それは名義料が相殺された請負料であったといえましょう。
 禁止されている日雇い雇用(というよりも、この場合は請負)により、バス会社は、人件費を抑制する以上に、雇用契約に付随する社員の『職務専念義務』を求める権利および責任を放棄していたのです。

 例えば、逮捕前に社長は、「(事故の)直前の3日間は休養させていた」と主張していますが、それは「休養」でも「休日」でもなく、単に「雇っていない日」です。「雇われていない日」に食っていくために他の仕事をすることについて、誰が文句を言えるでしょうか。
 「基準」など、端から無意味なことになります。

4.旅行会社の責任

 国土交通省の「一般貸切旅客自動車運送業者に係る乗務距離による交替運転者の配置の指針」では、運転手1人が1日に運転できる上限は670qです。

*その根拠は
厚労省の「基準」1日最大9時間運転
   ×高速道路の平均的走行速度である時速75q=675q(1の位切捨て)

*他省の基準に依拠した単純なものでしたが、この事故の後、午前2時から4時にかかる夜間運行については、上限を原則400qとするなど強化され、しかも「指針」から「基準(車両使用停止などの行政処分あり)」に格上げされています(7月中旬より運用)。

 ツアーを企画し、顧客を募集し、バス会社に委託した大阪市の旅行会社は、事故後「安全上の対応に問題はなかった」(要は、こちらに責任はない)と繰り返し発言し、本件の運行距離は545qと説明していました。その後「再計算しても約609qで、指針内であった」としています。
 
 しかし「指針」において、この乗務距離とは

[1]ツアーの出発地から到着地までだけではなく、バス営業所から出発地までの「回送区間」も含み(石川県では駐車場のある白山市、千葉県では印西市から)、 

[2]一般道の走行距離は、高速道路の運転よりも走行に時間がかかり、運転手の負担が大きいとして、一般道の走行距離を2倍で計算するものです。

 それによって、本件を国土交通省が計算すると

●上信越道経由(510q)+ 一般道(143q×2)=796q
●関越道経由 (551q)+ 一般道(143q×2)=837q

 これでは・・・・旅行会社の社員は、仕事をしていません。または意図的な誤読であったのか。 経営者はどこまで実態を把握していたのか。

 観光庁は、旅行会社をツアーの管理がずさんだったとして、旅行業法に基づき7月5日から47日間の業務停止の処分にしました。    
 それ以前の6月末に、旅行会社は「信用低下は著しく、事業継続は困難である」と、負債総額6億5千万円超、関連子会社4社と旅行会社の「社長個人」をも併せて、大阪地裁に破産申し立てをしています。

 自由化だからといって、法(のり)を越えて悪貨が良貨を駆逐するようなことは、永続性のある事業とは言えません。もし規制緩和があれば、その緩和された規制を、より慎重に見極めなければならないでしょう。
 他社(他者)に仕事をさせて利益や成果を得る事業は、任せた方がその事業全体の「責任」を引き受けることによって成り立っています。

 成果とは、その上に立つものです

(阿世賀 陽一)