宮間選手の哲学

1.38個のメダル

  ロンドンオリンピックが終わりました。開会式のラストは、4年前の北京の閉会式にレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジが出演したときに予想したとおり、ポール・マッカートニーの『ヘイ・ジュード』でした。
 その均衡上か、閉会式には少年少女のコーラスと「本人」が歌う『イマジン』のなかで、破片がジョン・レノンのデスマスクになって!歌が終わると散り去って・・・・、ジーンときました。
 ・・・・ちょうどお盆でありました。

 金メダルこそ少なかったものの、史上初とか、28年ぶり(ロサンゼルス)とか、44年ぶり(メキシコ)とか、48年ぶり(東京!)など、多くの競技でメダルを争い、獲得できた記憶に残る大会でした。印象が強かったシーンを全て書いていたら、スポーツ感想文集になりそうなのでやめます。

2.涙の円陣

 開会式の2日前、現地時間の25日に女子サッカーなでしこジャパンの戦いは始まりました。そのカナダ戦の試合前のロッカー室での、キャプテン宮間あや選手の次の言葉にメンバーは
感涙し、チームが一つになったといいます。

「ここに立てるのは選ばれた18人だけ
大切な思いや大切な人たちがいて 私たちは戦っている
ここからの6試合 お互いのために戦おう」

 宮間選手については、昨年のワールドカップの対アメリカ決勝戦で自ら1点を返し、延長戦の絶妙のコーナーキックで澤穂希選手の「足の甲シュート」を呼び込んだときから凄い選手だと思っていました。その年のアジア女子年間最優秀選手になって、今年の2月に澤選手の後任として主将に指名されています。

「ここに立てるのは選ばれた18人だけ」

 あらためて「選・手」という言葉の意味を実感しました。18人の後ろには、「ヤングなでしこ」も含み、代表選手になれなかった多くの競技者、そして増加していく女子サッカー人口があります。

3.ある新郎の責任

 オリンピックが始まった頃、若い友人の結婚式に呼ばれました。
「ああ!」と驚くほど美しく、優秀で、可愛い花嫁・・・。
 そのような花嫁の紹介スピーチが最高潮に盛りあがった時、新婦側の友人または親戚席から
「ツヨシ君!責任 重いぞー!」と大怒声。(会場、同意の笑い。)
 ・・・・そりゃそうだ。新郎がゲットしていなければ、多くの他の男性のなかの誰かが、この素晴らしい花嫁の「選ばれた一人」になる幸運を得ていた、かもしれません。
 その責任の重さは、次に新郎の人となりをスピーチすることになる私にも伝播して
「この贈与の負債を友人のために盛り返さなくては」と、緊張しながら壇上にあがる私の膝をガタガタと震えさせるのでした。

 オリンピックや結婚というハレの場でなくとも、この就職難の時代に、入社して3年以内に中卒7割、高卒5割、大卒3割が離職するという「七五三現象」で会社を辞めてしまう若い人を想います。
 もしかして、あなたが入社していなければ他の人が入社し、成長し、会社の将来を盛り立てていった、かもしれない。

4.思いをチームに

「大切な思いや大切な人たちがいて 私たちは戦っている」

 オリンピックで選手がメダルを取ったとき、またはその前に敗北したとき、多くの選手がそれまで支えてくれた家族、コーチ、監督などの支援者に深く感謝して(人類史上最強の吉田沙保里選手は投げて締めて)、あるいは「申し訳ない」と涙します。何よりも困難を乗り越えてきた本人の思いは大きいものでしょう。

 その責任や思いは、人に大きなエネルギーを与え、人によっては重圧になります。

 一部のスポーツ新聞では、宮間選手の言葉には、第一句の後に次の句が入っています。

「過去 みんなにはいろいろな思いがあると思う」


 代表チームに残ったメンバーも、それまで互いに熾烈な選考争いをしていました。勝利するための考え方の違いもありました。
 宮間選手の驚愕の言葉は、

「ここからの6試合 お互いのために戦おう」


 その自分の責任や思いを他者(チームプレイ)に振り向けるのです。深い哲学です。
 その言葉のイメージとして、第1試合であるカナダ戦の1点目、攻撃的なFW大野選手がなした鮮やかな(シュートを決めたMF川澄選手への)「足の裏パス」のシーンが浮かびました。

 今回のオリンピックは、個人で振るわなくても、団体で力を発揮した競技が多かったことが特徴です。そこが多くの感動を呼びました。 

 決勝のアメリカ戦終盤、なでしこジャパンは「同点にさえなれば延長で必ず勝てる」と確信させ、見ている者を痺れさせるほど、自分たちのスタイル「攻撃的なパスサッカー」を実現させていました。
 負けた時、宮間選手は仰向けに倒れ、自分では立ち上がれないほど号泣します。これは本物だと思いました。
 その肩を抱いて歩いたのは、昨年のワールドカップのときに考え方の違いでホサれて泣いて、宮間選手に肩を抱かれて歩いた(その時には永里選手であった)大儀見選手でした。

「金でなければ・・・」と悔やむのではなく、「審判のミスが・・・」と恨むのでもなく
「胸を張って帰りたい」と言い、表彰式には一転、全員笑顔でトレイン(連結)入場。表彰台では端から順番に頭をさげるウェイブ礼。

「まだ、チームプレイをしている」と隣のアメリカ代表チームは、リスペクトと脅威を感じたことでしょう。 

 

(阿世賀 陽一)