高年齢者雇用の仕事と処遇

 平成25年4月2日以降2年間の間に60歳の誕生日を迎える男性に1年間、退職したとしても老齢厚生年金(在職の場合は在職老齢年金)がつかなくなることと、そして65歳までの継続雇用が原則義務化された高年齢者雇用安定法の改正のことは、これまでもお知らせしてきました。
 今回は、高年齢者を継続雇用した際の、その仕事と処遇について考えて参りたいと思います。
 
1.能力と実力と定年

 高年齢社員については、ほぼ最低限、「下の一人前」クラスを経過してきた「能力」は有するものと考えられます(そうでなければ、定年まで全うしていなかったでしょう)。
 しかし誰もが、今もなお「上の一人前」以上の、自分で仕事と顧客を創造して成果を上げていく、「実力」を有する者ではありません(そうであれば、まさに一流会社です。大きな会社がイコールそうではありません)。
 むしろ、次のような2分化傾向が見られます。

A:定年まで職責・役割を果たし、成長を続け、管理職・専門職などを全うしてきた者
B:管理職や専門職になりえず、または降職した者。

 特に降職者は、等級ごとに実施される人事評価においては、低い評価になることが多いものです。
 また、優秀な人ほど、引き際に対する意識は強いので、会社としては、なお活躍していただくための処遇政策が必要です。
 後継者の育成を怠ってきた人が、「代わりがいないから」という組織ニーズによって地位に残って厚遇されていくというのでは、それは人材育成策が上手く行かなかった結果です。

2.在職年金・継続給付と賃金

 本来の「労働価値としての賃金決定原則」からは外れたものですが、これまで、社会保険労務士が労使双方にとって有利であることからお勧めしてきた在職老齢年金と雇用継続給付を考慮した賃金決定については、これから段階的に在職老齢年金が制度として消えていくなかで、見直しをしていかなければなりません。
 しかし、在職老齢年金・雇用継続給付自体は、保険料の負担義務を負ってきた労使双方の権利であって、完全に頭の中から捨ててしまって良いものではないと考えます。

3.仕事と労働、労働の対価

 「仕事の価額として賃金をとらえることが正しい」と述べている賃金や人事の本が、よく見受けられます。それはそれで、職務基準という考え方です。
 しかし、「なぜなら、賃金は労働の対価だからである」と、仕事と労働を同一視・混同したような理論は、正しくありません。
 なぜなら、仕事は会社が与えるものであり、労働は人間がするものです。
 仕事と能力と意欲(やる気)の3つが出合ったとき、労働が生じます。賃金は、その労働の対価です。
 高年齢者雇用や有期契約問題は、そのように仕事と労働と賃金を根本から考える上で良い機会です。

4.役割そのものの評価

 人事賃金制度は、世間相場として初任給水準が決まっている、職業経験が0である新卒から始まり、半人前、一人前と成長を遂げながら、ある者は専門職に、一部の者は管理職層から経営層に至る階梯(等級)を柱とするものです。
 中途採用者についても、この階梯のいずれかに位置づけられて賃金の価額が決定されます。それぞれの段階に、会社や組織からの期待レベルがあり、その業績・能力評価は、賃金の支払い(後払い)と同様に、一定期間労働した後に、その期待レベルのバーを超えていたか否かの「後評価」になります。

 60歳定年後の継続雇用段階になって、職業経験は充分にあり、しかし個々の実力とそれぞれの人生観や事情によって労働していく意欲の強度がまちまちである高年齢者については、「後評価」だけではなく、会社が与える仕事の量(責任の大きさ等)と質(難度等)による「何をしてもらうか」という「職責」に、本人が「どこまでやるか」という意欲を加えた「役割そのもの」を評価する「前評価」が必要となります。

 役割とは、外在的な仕事の職責が個々の選択性のあるチャレンジを通して、自己への内在化、すなわち自己に「統合」されたものです。
 そのプロセスを通じて、本人に「○○までやります」と言わしめたとき、会社からの一方的な「職務基準」は、主体的な「人間基準」に窯変します。

(阿世賀 陽一)