[ 創立125周年記念式典を見て、学んだこと−伝えたいこと]

東京会新宿支部(昭和55年) 阿世賀 陽一

 2010年11月13日(土)、母校の創立125周年記念式典を「見・学」に行きました。
 ・・・・多摩モノレールの電車にも赤いCマークがついて、「中大号」になっています。

 式典が行われている9号館の隣、大教室棟の8号館の大スクリーンには、式典の様子がリアルタイムで映し出されていました。

 母校の発展を期す、情熱的な久野理事長と戦略的な永井総長・学長の式辞は、まさに「行動する知性」です。そのように私たちも行動していきたいと思いました。

 その後、母校の創立者達が学ばれたイギリスの法曹院ミドルテンプルを代表してエイドリアン・ウイットフィールド氏が祝辞を述べられました。そのお話の中の、1881年に23歳でミドルテンプルに入学し、1883年に法廷弁護士の資格を取得され、英吉利法律学校の初代校長に就かれた増島六一郎先生は「明らかに、コモンローすなわち英国の司法が長い歳月をかけて作り上げた判例法の体系に心を奪われたのです」という言葉が心に残る中、配布された資料の中に、「中央大学」のネーミングについて、場所として東京の中央(それは「center」でしょう。ならば多摩は中央ではありません)という他に、そのミドルテンプルに由来する説があるという文章を読んで驚きました。

 「middle」は、空間的にも時間的にも、その他様々な概念の中で、偏りのない「真ん中」を表す言葉であり、ギリシャ哲学や東洋思想にある「中庸」や「中道」にも通じるものがあります。一休さんの「この橋(端)渡るな」もこの「middle」でしょう。

 「中央の名よ光あれ」。わが母校の名は、あらためて、誇りにして良いものであると思いました。

 バーチャルリアリティ&寸劇「中央大学−源流、記憶そして未来へ」は、増島六一郎先生の留学中の志を始め、震災・戦争などをくぐり抜きながら勉学に勤しむ「先輩」の姿に、最低3回は泣くことができるものです。
 (思わず自身を振り返り、恥ずかしくなりましたが、まあ・・・・これからです)

  特に、駿河台の学生会館(生協)前から白門を通り2号館の中庭へ、時を超えて「私」がバーチャルに移動していく映像には、涙を抑えることができませんでした。

 中庭から周囲を見渡しながら・・・・そこに私は、確かにいたのです。

 式典が終わって、外に出てみると、応援部が校歌や応援歌を演技していました。チアリーダーと何人かの応援団員の中に、学ランを着て懸命に演技している女子学生を見ました。 

 あの・・・・先輩がおもむろに煙草を取り出す時、寸分狂わぬタイミングと所作で「押忍!」、見事に火を点けていた男子学生達は、どこへ行ったのでしょうか?